大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成元年(ワ)9357号 判決 1992年1月27日

原告 プリネット株式会社

右代表者代表取締役 関純弥

原告 関純弥

右両名訴訟代理人弁護士 北武雄

同 木村和俊

同 高瀬博之

同 関本哲也

被告 株式会社三菱銀行

右代表者代表取締役 伊夫伎一雄

右訴訟代理人弁護士 伊達利知

同 溝呂木商太郎

主文

一  被告は、原告プリネット株式会社に対し、金九九万一三二五円及びこれに対する昭和六三年一二月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告関純弥に対し、金五五万円及びこれに対する昭和六三年一二月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用はこれを一〇分し、その一を被告の負担とし、その余を原告らの負担とする。

五  この判決は、原告ら勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告プリネット株式会社に対し、金三億五九四九万三二一七円及びこれに対する昭和六三年一二月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告は、原告関純弥に対し、金一一六九万円及びこれに対する昭和六三年一二月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決及び仮執行の宣言を求める。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決を求める。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  融資契約の成立

(一) 原告プリネット株式会社(旧商号房総紙業株式会社、以下「原告会社」という。)は、昭和六三年ころ、千葉県山武郡芝山町大台において千葉県企業庁が事業主体となって開発している工業団地の土地分譲を受け、ここに新工場を建設することを計画し(以下「本件工場進出計画」という。)、その資金を捻出するため、原告会社のメインバンクであった被告田町東口支店(以下「被告支店」という。)に融資を申込み、同年一一月九日、同支店との間に次のような内容の融資契約が成立した。

(1)  融資金額 三億七〇〇〇万円

(2)  借入期間 二〇年

(3)  利率 年五・七パーセント

(4)  担保 原告会社が取得する千葉県芝山第二工業団地第一期分譲地及びその上に原告会社が建設する建物

(5)  保証人 原告関純弥(以下「原告関」という。)

(6)  融資時期 昭和六三年一二月一四日

(二) 被告は、右同日、原告会社に対し、右内容を記載した融資証明書(ただし、利率は融資実行時の被告所定利率、担保は第一順位の抵当権とされ、融資時期の記載はない。)を発行した。

(三) なお、右融資契約締結に至る経緯は、次のとおりである。

昭和六三年五月中旬頃、原告会社は、被告支店に対し、茨城県千代田村に新工場を建設するための資金支援の申出を行った。当時の同支店支店長増山晴英は、もう少し地価の安いところのほうがよいとして、日本信託銀行を介し、原告会社に前記芝山の工業団地を紹介し、被告支店もできる限り協力するとの意向を示した。

その後、昭和六三年一〇月上旬頃、被告支店長縄田晴明(以下「縄田支店長」という。)と営業担当社員山本嘉明(以下「山本」という。)が原告会社を訪れ、原告会社社長の原告関に対し、本部の稟議を通る融資金額として七億六〇〇〇万円を提示したが、同年一一月七日になって突然融資金額を前記の三億七〇〇〇万円に減額した。

2  本件工場進出計画中止に至る経緯

(一) 原告会社は、右融資契約が成立したことから、千葉県企業庁に対し、前記融資証明書を提出し、分譲地取得の申込みをした。その結果、同年一二月八日の土地分譲委員会の審査を通過すれば、千葉県企業庁との間で同月一三日に以下のような内容の売買契約を締結できる運びとなった。

(1)  譲渡物件 千葉県山武郡芝山町大台字宝永作三一五五番三五所在の土地一万五九六九・三一平方メートル(以下「本件工場用地」という。)

(2)  譲渡代金 三億六五六九万七一九九円

(3)  代金支払期限 昭和六三年一二月二三日

(4)  特約 原告会社は、本契約締結後、工場の建設概要及び工期に関する計画書を提出し、千葉県の承認を得なければならない。

原告会社は、右計画書に基づき、本契約締結の翌日から起算して三年以内に操業を開始するものとする。

(二) 原告会社は、被告から融資証明書が発行された直後、東急建設株式会社(以下「東急建設」という。)との間で工場建築請負契約を締結し、同年一二月一五日起工式、同月一九日工事開始の日程を決定した。右日程は被告支店に連絡し、起工式には縄田支店長の出席を依頼していた。

(三) 原告関は、同年一一月三〇日、審査後の契約及び代金払込等の手続の説明を受けるため、被告支店副支店長森廣美(以下「森副支店長」という。)を伴って千葉県企業庁に赴き、同年一二月八日分譲委員会の審査通過後、同月一三日に契約を締結、翌一四日に代金払込みとの説明を受けた。その際、森副支店長は、千葉県企業庁主幹松木昌三に対して、一二月一四日には被告が間違いなく売買代金を送金する旨確約した。

(四) しかし、土地分譲委員会の審査を通過した直後である同年一二月八日夕方、被告支店は、原告会社に対し、今回の融資は一切出来ない旨通知してきた。原告会社は、代金決済日まで数日しかなく、今から他行の融資を受けるのは不可能であるためぜひ融資を実行するように懇願したが、被告はこれを全く受け付けなかった。

(五) 原告会社は、前記のとおり既に東急建設との間で工場建築請負契約を締結しており、本件計画を中止することはできなかったため、やむを得ず原告会社所有の有価証券を二億円で売却し、文化産業信用組合から一億円の融資を受け、この三億円と原告関及びその家族の被告に対する定期預金計七二二〇万円とを担保に、同月一三日、被告から手形貸付の形で三億七〇〇〇万円を借り入れたうえ、千葉県企業庁との間で前記(一)記載の売買契約を締結し、翌一四日、右土地代金三億六五六九万七一九九円を同企業庁に振込送金した。なお、千葉県企業庁への支払のため、右のように現金、預金を担保に被告支店から手形貸付の方法で融資を受けた理由は、原告会社が東海銀行芝浦支店から工場建設資金三億円の融資を受けるについて、メインバンクたる被告支店の融資実行計算書を提出することが条件とされていたためである。

原告会社は、同日被告に対し、右借入金中三億六九〇〇万円を前記有価証券売却代金、文化産業信用組合からの融資金並びに原告関及びその家族の定期預金から返済し、残金一〇〇万円は、平成元年一月一〇日に原告関からの借入金で返済した。そして、原告会社は同日、原告関及びその家族に対する求償債務並びに借入債務計七二二〇万円について、弁済期を平成六年一月一〇日、利息を年五・四パーセントと定める準消費貸借契約を締結した。

(六) しかしながら、メインバンクである被告からの融資が受けられなくなったことにより、本件工場進出計画全体の資金調達に無理が生じ、原告会社は右計画の中止を決断せざるを得なくなり、平成元年一月一七日、千葉県企業庁に対し、本件工場用地売渡しの申出をした。

3  被告の不法行為

被告は、本件融資申入れの目的を知っており、本件工場用地の売買契約及び代金支払日の直前である昭和六三年一二月八日になって融資を拒絶したならば、原告会社及びその代表者である原告関に多大な財産的損害及び精神的苦痛を被らせることを予測しながら、前述のとおり、何ら正当な事由なく融資契約の履行を拒絶するという違法な行為に及び、その結果、原告会社に本件工場進出計画の断念を余儀なくさせ、原告らに対し、以下4に述べるとおりの損害を被らせた。

4  原告らの損害

(一) 原告会社の損害 合計三億五九四九万三二一七円

(1)  本件工場用地買収に基づく損害

原告会社は、平成元年一月一七日千葉県企業庁に対し計画中止、用地買戻しの申入れを行い、同企業庁は要綱に基づき、譲渡価格の九割で買戻しを実施した。その結果、原告会社は右差額のほか、既に支払っていた登録免許税、不動産取得税、固定資産税及び収入印紙代相当の損害を被った。その具体的金額は次のとおりである。

イ 買収代金と買戻代金との差額 三六五六万九七二〇円

ロ 登録免許税 四四三万一三〇〇円

ハ 不動産取得税 二三六万三三〇〇円

ニ 固定資産税 八二万七一〇〇円

ホ 収入印紙代 二〇万円

(2)  東急建設との間の請負契約解除に基づく損害

原告会社は、平成元年一月五日、東急建設に対し工事の中止を申し入れ、請負契約を解除した。これに伴って生じた損害は次のとおりである。

イ 既施工事代金 一億五一七七万五〇〇〇円

ロ 安全対策措置費用金 二〇〇万円

(3)  東海銀行芝浦支店関係の損害

原告会社は、昭和六三年一二月一九日、工場建設資金の一部に充てるため、東海銀行芝浦支店から三億円の融資を受けた。本件工場進出計画の断念により、原告会社は平成元年二月九日、被告からの手形貸付による借入金をもって右三億円を返済したが、その間の利息等東海銀行からの借入れに伴って次のような損害が生じた。

イ 借入金三億円の金利 二三〇万八七六六円(年五・三パーセントの割合による昭和六三年一二月一九日より平成元年二月九日までの約定利息)

ロ 収入印紙代金 一〇万円

ハ 根抵当権設定登録免許税及び司法書士に対する報酬 一二五万〇二〇〇円

(4)  文化産業信用組合港支店関係の損害

原告会社は、被告の融資拒絶により、前記2(五)記載のとおり、文化産業信用組合港支店から一億円の融資を受けざるを得なくなったが、そのために生じた損害は次のとおりである。

イ 借入金の金利 六九〇〇万円(年六・九パーセントの割合による一〇年間の約定利息)

ロ 収入印紙代 六万〇八〇〇円

ハ 根抵当権設定登録免許税及び司法書士に対する報酬 六六万八〇六〇円

(5)  被告支店関係の損害

原告会社が、被告支店関係で支払った金額は次のとおりである。

イ 前記1記載の融資契約に関して要した不動産担保実査手数料 五万〇三〇〇円

ロ 前記2(五)記載の三億七〇〇〇万円の手形貸付において支払った金利 三一万五六八九円(年利五・四パーセント)及び収入印紙代 一〇万円

ハ 前記(3) 記載の三億円の手形貸付において支払った金利 三一六万四三八二円(年利五パーセント)及び収入印紙代 六万円

ニ 同手形貸付に関して要した根抵当権全部譲渡登録免許税及び司法書士に対する報酬計 六二万〇六〇〇円

(6)  有価証券売却損

前記2(五)記載のとおり、原告会社は被告から手形貸付を受けるためやむを得ず保有する有価証券を売却したが、これにより三九四四万四〇〇〇円の有価証券売却損を出した。

(7)  原告関等からの借入金に対する利息

前記2(五)記載のとおり、原告会社は被告から手形貸付を受けるためやむを得ず原告関及びその家族から七二二〇万円を借り入れたが、その利息は一九四九万四〇〇〇円である(年五・四パーセントの割合による五年分の約定利息)。

(8)  弁護士費用 二四六九万円

(二) 原告関の損害 合計一一六九万円

(1)  慰謝料 一〇〇〇万円

原告関は、被告会社の本件違法行為により工場進出計画が挫折したことから、虚脱状態に陥り、鬱病と診断され、現在もなお治療中である。原告関の右損害に対する慰謝料は一〇〇〇万円が相当である。

(2)  弁護士費用 一六九万円

5  よって、被告に対し、不法行為に基づく損害賠償請求として、原告会社は金三億五九四九万三二一七円、原告関は金一一六九万円、及び右各金員に対する不法行為時である昭和六三年一二月八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1について

(一)のうち、原告会社と被告との間に融資契約が成立したことは否認し、その余は認める。(二)は認める。(三)のうち前段部分については、概ね認めるが、被告支店は当初から過大な計画は慎むよう助言していたものである。後段は否認する。被告支店は、一応七億七〇〇〇万円の稟議を提出するが、本部の承認が得られるかどうかは疑問である旨原告関に説明している。

2  請求原因2について

(一) (一)は知らない。

(二) (二)のうち、縄田支店長が起工式への出席を依頼されていたことは認めるが、工事の日程が被告支店に連絡されていたことは否認し、その余は知らない。

(三) (三)及び(四)は認める。

(四) (五)のうち、原告と東急建設との間の事情及び原告会社と原告関及びその家族との間の準消費貸借契約締結の事実については知らない。その余は認める。但し、被告の貸付の担保となっていたのは原告主張の有価証券及び定期預金である。

(五) (六)のうち、原告会社が本件工場進出計画を中止したことは認めるが、原告らが主張する理由によることは否認する。

その余は知らない。

3  請求原因3は否認する。

4  請求原因4について

(一) (一)のうち、次の各事実を認め、その余は知らない。

(1)  (3) のうち平成元年二月九日原告会社が被告より手形貸付で三億円を借り入れ、これを以て東海銀行芝浦支店からの借入金三億円を返済したこと

(2)  (4) のうち原告会社が文化産業信用組合港支店から一億円の融資を受けたこと

(3)  (6) のうち原告会社が保有する有価証券を売却したこと

(二) (二)は知らない。

三  被告の主張

1  融資証明書発行に至る経緯

原告会社は、被告支店と昭和六一年八月に取引を開始したものであるが、原告会社の昭和六三年三月期決算によると、売上高五億三一〇七万円、当期利益三四九五万円、当期未処分損失一一八七万円、自己資本は三一二万円であった。

昭和六三年九月末頃、原告会社から被告支店に千葉県芝山工業団地で総額三四億円の新工場建設計画を進めるので協力してほしいとの要請があった。被告支店は、原告会社の現況からみて計画が過大であるため考え直すように求めたが、社長の原告関から、被告はできる範囲で協力してくれればよく、他は調達の当てがあると言われたため、同年一〇月中旬頃、土地購入代金三億七〇〇〇万円及び工場建築代金四億円、合計七億七〇〇〇万円の融資について被告本部に稟議を提出した。しかし、本部からは、原告会社の計画が過大無謀であり到底このままでは認め難いとの結論が出されたため、被告支店は原告関にこれを伝え、計画の中止又は大幅な縮小を求めたが、原告関は、既に西独製機械を発注済みであるので変更できないとして応じなかった。そこで、被告支店は本部と相談のうえ、土地購入代金三億七〇〇〇万円についてのみ支援することにし、同年一一月九日原告関に対し今後の運転資金については一切支援できないことを確認した上、右三億七〇〇〇万円の融資を回答し、原告会社より要請のあった千葉県企業庁提出用の融資証明書を発行した。

2  融資申込みの撤回

ところが、融資証明書を発行した翌々日である一一月一一日、原告関から、三和銀行と太陽神戸銀行から融資を受けられることになったので融資申込みは撤回する旨の申し出があり、被告支店もこれを了承した。またこの際、原告関は、今後三和銀行が被告の貸付を肩代わりすることになったので、原告会社と被告との取引は解消する旨述べた。

ただし、発行済みの融資証明書は、工場進出計画を進める被告会社の事情を考慮し、回収しなかった。

なお、原告会社はこの頃、被告からの三億七〇〇〇万円の融資に代え、太陽神戸銀行に対し千葉県の制度融資による五億円の借入申込みをしている。

3  つなぎ融資の申込み

同年一一月二一日、原告会社より被告支店に改めて三億七〇〇〇万円の融資の申込みがあった。その理由は、かねてから融資を申し込んでいた東海銀行が、被告からの融資を貸出の条件としてきているので、太陽神戸銀行からの借入れを断り再度被告に融資申入れをしたいというものであった。

被告支店は、原告関の強い要請があったため、三和銀行の肩代わりを条件とするつなぎ融資であることを確認した上、これに応ずることとした。

同月三〇日、被告支店の森副支店長が原告関とともに千葉県企業庁を訪問したが、これは原告会社から、三和銀行との話が最終決定に至っておらず現時点では被告に同行してもらうほかないと要請されたため、やむなく同行し、前記つなぎ融資の方針に基づき土地購入代金を送金する旨述べたものである。

4  つなぎ融資の拒絶と手形貸付の実行

ところが、同年一二月八日になって、原告会社から正式につなぎ融資の申込みを受けた際、原告関に三和銀行の肩代わりの話の進行状況を確認したところ、全く進行していないことが判明した。被告支店としては、それではつなぎ融資の前提条件が満たされていないことから、原告会社のつなぎ融資の申込みを拒絶した。

これに対し、翌九日、原告会社は、東海銀行から融資を受けるためには被告銀行の作成した融資実行の計算書が必要であるとして、重ねて融資の実行を要請したので、被告支店は、本部稟議の上、有価証券及び定期預金を担保に同月一三日原告会社に対し三億七〇〇〇万円の融資を実行し、原告会社は翌一四日千葉県企業庁に土地代金を送金した。

5  本件工場進出計画中止に至る経緯

原告会社は、同年一二月一二日、本件工場進出計画の縮小案を提示してきたので、被告支店としては、本部と相談の上、融資についても再検討する旨回答した。しかし、原告会社からは平成元年一月一七日、計画の縮小交渉がうまく行かないこと、工場完成後の運転資金についても他行からの調達のめどが立たないことを理由に右計画を中止する旨の申出があった。

このように、本件工場進出計画が中止に至ったのは原告会社が無謀ともいうべき過大な投資計画を強行しようとしたために無理が生じたからであり、被告が融資を拒絶したからではない。

四  被告の主張に対する認否

1  被告の主張1のうち、原告と被告支店との取引開始及び原告会社の決算内容に関する部分、昭和六三年九月末原告会社が被告支店に対し千葉県芝山工業団地で新工場建設計画を進めるについて協力を要請したこと、同年一〇月中旬被告支店が本部に七億六〇〇〇万円(七億七〇〇〇万円ではない。)の稟議を提出したこと、その結果土地代金三億七〇〇〇万円についてのみ支援することを決め、同年一一月九日原告関に対しその旨正式に回答し融資証明書を発行したことは認め、その余は否認する。七億六〇〇〇万円は本部の稟議を通過する額として被告支店から提示された額であり、この間被告支店から計画が過大であると指摘されたり、縮小を求められたりしたことは一切なく、また融資証明書発行の際、運転資金の支援はできない旨伝えられたこともない。

2  同2のうち、原告会社が太陽神戸銀行に千葉県の制度融資による五億円の借入申込みをしたことは認め、その余はすべて否認する。原告関は当日被告支店の山本と会ったが、その際同人から、被告から減額された分の融資を三和銀行から受けてはどうかという話があっただけである。なお、太陽神戸銀行への申込みは、右減額された差額分について融資を受けようとしたもので、被告からの三億七〇〇〇万円の融資に代わるものではい。

3  同3はすべて否認し争う。そもそも、被告の主張するような融資申込みの撤回はなかったから、つなぎ融資の申入れもあり得ない。また、森副支店長が千葉県企業庁へ同行したのは、融資実行に当たって購入物件に第一順位の抵当権を設定するため、所有権移転時期を確認するのが主たる目的であった。

4  同4のうち、被告が融資を拒絶した理由は否認し、その余は概ね認める(但し手形貸付の担保には文化産業信用組合からの貸付金も含まれる。)。原告会社の融資申込みの撤回、その後のつなぎ融資の申入れというのはすべて被告の作出した虚構であり、被告が拒絶したのは融資証明書で約束した融資である。

5  同5のうち、原告会社が一二月一二日に計画縮小案を提示し、被告支店が融資を再検討する旨回答したことは認め、その余は否認し争う。

第三証拠<省略>

理由

一  請求原因1(融資契約の締結)について

1  当事者間に争いがない事実及び証拠(<書証番号略>、証人縄田、同山本、同森、同濱窪、原告関本人)によれば、次の事実が認められる。

(一)  被告支店は、同支店開設直後の昭和六一年八月に原告会社との取引を開始し、昭和六三年当時には、原告会社に対し約五億円の融資残高を持つメインバンクの立場にあった。

(二)  かねて新工場進出の希望を持っていた原告会社は、昭和六三年五月頃から具体的候補地について新工場設置の計画書を被告支店に提出し、資金援助を打診していたが、最終的には被告支店の仲介で日本信託銀行から紹介された、千葉県企業庁が主体となって開発している本件芝山町の工業団地に進出することを決め、同年九月末頃、設備資金総額三四億円(土地購入資金三億七〇〇〇万円、工場建設資金一〇億円、機械設備資金二〇億円余)とする計画に基づき、被告支店に融資を申し入れた。

右申入れに対し、縄田支店長は、土地購入資金三億七〇〇〇万円及び工場建設費のうちの四億円、合計七億七〇〇〇万円の融資を被告の本部に諮る旨、原告会社社長の原告関に説明し、同年一〇月二〇日、正式稟議書に先立って貸出案件連絡・相談メモによる稟議を被告銀行本部に提出した(被告の場合、本件のような融資では、右書類による審査を経て本部の法人部長が下す融資可否の決定が実質的稟議であり、これで融資が可とされれば改めて支店から本部に正式稟議書が提出されるが、この稟議は形式的なものにすぎない。)。

なお、原告会社の計画では、被告からの借入れ以外は、自己資金三億円、東海銀行からの借入れ三億円とリースによる機械設備資金相当額の借入れによりまかなうものとされていた。

(三)  被告本部では、年商五億三〇〇〇万円程度の原告会社がする設備投資としては過大であるとして、融資それ自体に難色を示したが、被告支店が交渉した結果、残額は他行に調達させ、将来発生が予想される運転資金等の跳ね返り資金は一切関知しないこと、漸次シェアダウンし、主力銀行の地位を回避することを条件に、土地購入資金三億七〇〇〇万円のみ融資することを認めた。

縄田支店長は、同年一一月七日、原告関に対し、土地購入資金三億七〇〇〇万円を融資する旨伝えた。

(四)  以上の経緯をふまえ、同年一一月九日、被告支店は千葉県企業庁提出用に次の内容を記載した融資証明書を作成し、原告会社に交付した。

(1)  融資金額 三億七〇〇〇万円

(2)  借入期間 二〇年

(3)  利率 融資実行時の被告銀行所定の利率(現状年五・七パーセント)

(4)  担保 原告会社が取得する千葉県芝山第二工業団地第一期分譲地及びその上に原告会社が建設する建物に第一順位の抵当権を設定。

(5)  保証人 原告関

以上の事実が認められる。

2  右事実によると、昭和六三年一一月九日、原告会社と被告との間で、前記融資証明書に記載された内容による融資予約契約(金銭消費貸借予約契約)が締結されたと認めることができる。原告らは、融資契約(金銭消費貸借契約)そのものが成立したと主張するけれども、利率や融資時期がまだ決まっていない段階では予約契約にとどまるというべきで、採用できない。

二  請求原因2(本件工場進出計画中止に至る経緯)について

1  当事者間に争いがない事実及び証拠(<書証番号略>、三和銀行及び太陽神戸銀行に対する調査嘱託の結果、証人縄田、同山本、同森、同濱窪、原告関本人)によれば、次の事実が認められる。

(一)  原告会社は、昭和六三年一〇月一八日、被告支店から本部への実質的な稟議提出と前後して、千葉県企業庁に本件工場用地譲受の申込みをしていた。

(二)  原告会社は、前記のとおり同年一一月七日に縄田支店長から三億七〇〇〇万円の限度でしか融資ができない旨告げられ、翌一一月八日、不足額を補うため、太陽神戸銀行に対し、千葉県の制度融資による五億円の借入申込みを行った。

また、この頃、原告会社と三和銀行との間で工場新設計画の融資について話合いが行われ、同行の外交担当者から原告会社に対し、被告からの既存借入れを三和銀行が肩代わりすることの打診もなされていた。

(三)  同月一一日、原告関は、山本を原告会社近くの喫茶店に呼び、減額された部分の資金調達方法について相談した。その際、調達先として三和銀行及び太陽神戸銀行の名前が話題に上り、原告関は、三和銀行が融資の条件として現在の三菱銀行からの借入れを肩代わりすることを申し出ているので、原告会社としてはそのようなことも検討している旨述べた。

(四)  同日、山本から右の報告を受けた縄田支店長は、原告会社が被告から三和銀行に乗り換えるような事態を回避すべく、そのためには減額された四億円分の融資を復活させるしかないとの認識のもとに、直ちに被告の本部に赴き、右融資の再考を交渉したものの、本部の回答は変わらず、融資をしないことによる結果として、原告会社との取引が終了してもやむを得ないとの意向であった。

そこで、縄田支店長は、同日夕方原告関を被告支店に呼び、原告会社が三和銀行に移行するならばそれもやむを得ない旨告げ、原告関がこれを受容する様子であったので、原告会社は先の融資申込みを撤回し、この融資を含め、被告との取引を三和銀行に移行させるものと理解した。しかし、同日及びそれ以後も、既に発行していた融資証明書について、原告会社に対し返還を求めはせず、その扱いに関して言及することすらなかった。

(五)  同月一八日、原告会社は東海銀行から、かねて申込みをしていた三億円の融資について、千葉県企業庁提出用の融資予約証明書の発行を受けた。

(六)  同月二一日、原告会社は太陽神戸銀行から、同月八日に申し込んでいた前記千葉県の制度融資による融資を拒絶する旨の回答を受けた。同日、原告関は、被告支店を訪れ、メインバンクである被告からの融資がなければ東海銀行から融資を得られないとの理由により、縄田支店長に被告からの三億七〇〇〇万円の融資を実行するよう重ねて頼み、同支店長は、これまでのいきさつと右原告関の説明から、東海銀行からの融資を可能にするための一時的な処理で、近い将来三和銀行による肩代わりが行われるまでのつなぎ融資の申入れと理解したうえ、右申入れを承諾した。

(七)  同月三〇日、原告関は森副支店長を伴って千葉県企業庁に赴き、土地分譲委員会の審査通過後に行われる契約及び代金払込み等の手続の説明を受けたが、その際、森は千葉県企業庁主幹松木昌三に対して、一二月一四日には被告が間違いなく売買代金を送金する旨確約した。

(八)  同年一二月八日、縄田支店長は、電話で土地分譲委員会の審査を通過したことを確認したうえ、原告関を被告支店に呼び、三和銀行による肩代わりの話の進捗状況を問いただしたところ、同原告がその話を進めていないことが判明し、被告の融資は三和銀行の肩代わりを前提とするつなぎ融資のつもりでいた縄田支店長は、それであれば今回の融資は一切出来ない旨原告関に通告した。

(九)  翌一二月九日、原告関及び原告会社の経理部長濱窪潮(以下「濱窪」という。)が被告支店を訪れ、東海銀行から融資を受けるため、被告の融資実行の計算書だけでも発行するよう懇請したので、被告支店は、計算書のみの発行は拒絶したものの、短期返済を条件に手形貸付の方法で一時的な融資を実行することにより、原告会社の要望に応えることとした。そこで原告会社は、直ちに保有していた時価二億円余の株式を売却し、関連会社の房総興産株式会社名義で文化産業信用組合から一億円の融資(利率年六・九パーセント、弁済期限昭和六五年一二月一二日の約定)を受ける手続を取り(残余の七〇〇〇万円は原告関及びその家族が被告支店に有していた定期預金により返済の予定)、被告支店は、本部稟議を経たうえ、同月一三日、原告会社に対し、右株式と定期預金を担保とする手形貸付の形で三億七〇〇〇万円の融資を利率五・四パーセント、期限昭和六四年一月三一日の約定の下に実行した。

(一〇)  一方、同年一二月九日付で千葉県企業庁から原告会社に対し、正式な契約締結の通知があり、同月一三日、原告会社は同企業庁との間で、本件工業用地につき代金三億六五六九万七一九九円の譲渡契約を締結した。右契約では代金納入期限は同年一二月二三日とされていたが、原告会社は、前記被告からの手形貸付が実行された日の翌一二月一四日、千葉県企業庁に右代金全額を送金した。

(一一)  この間の同月一二日、原告関は被告支店を訪れ、縄田支店長との間で、工場建物建築費を八億五〇〇〇万円、機械設備費を一四億三〇〇〇万円程度に減縮し、本件工業進出計画の規模を総額二六億五〇〇〇万円に縮小することを話合った。同支店長も、計画を縮小するならば従前申出のあった三億七〇〇〇万円の長期融資についても前向きに検討する意向を伝えた。

(一二)  しかし、原告会社が東急建設に発注していた工場建設は、直後の同年一二月一五日に起工式が予定されており、計画の変更はならず、結局当初予定していた一〇億円を超える一二億二三〇〇万円の請負代金で契約を締結せざるを得なかった。原告会社は、同月一九日東海銀行から三億円の融資(利息年五・三パーセント、一年後から二〇年間の毎月割賦弁済の約定)を受け、同月二九日、東急建設に請負代金の内金三億円を支払った。

(一三)  同年一二月二八日、原告会社が同月中旬ころ三和銀行に申し込んでいた融資について、同銀行系列の金融会社である株式会社三和ビジネスファイナンスから融資決定の連絡がされ、翌昭和六四年一月四日、正式に同社から原告会社に融資承諾がなされたが、結局原告会社は右融資を断った。

(一四)  昭和六三年一二月三〇日、縄田支店長は原告会社に対し、三億七〇〇〇万円の融資を行う用意がある旨伝え、翌昭和六四年一月初旬頃にも縄田支店長らが原告会社に対し融資を受けるよう勧誘したが、原告会社はこれを断った。

(一五)原告関は、昭和六三年一二月末頃から本件工場進出計画を断念することを考え、昭和六四年一月四日頃右計画中止を決断し、同月一七日、被告支店に対しその旨伝えた。

2  原告関は、昭和六三年一一月一一日に原告関が山本と話し合ったのは被告の融資額が三億七〇〇〇万円に減額されたため不足分四億円の調達をどうするかについてであり、三和銀行への移行の話をした事実はなく、また同月二一日に被告支店に改めて融資を申し入れた事実はない旨供述し、同原告作成にかかる陳述書(<書証番号略>)にも同旨の記載がある。

しかし、もともと原告会社が被告支店に説明していた資金調達計画に三和銀行は入っていなかったのに、一二月八日の被告支店による融資拒絶は三和銀行の肩代わりが具体化しないことが理由とされていたこと、この間に三和銀行の外交担当者から原告会社に、債務肩代わりの打診がされていたことの事実を総合すると、原告関から山本に、三和銀行による債務肩代わり(メインバンクの変更)の話がされたとしか考えられない。もっとも、三和銀行による債務肩代わりは、三和銀行外交担当者から打診程度のことは行われたものの、それ以上具体化していなかったから(<書証番号略>、三和銀行に対する調査嘱託の結果)、一一月一一日の時点では、原告関は三和銀行への債務移転を確定的に決断していたのではなく、被告の再考を促すための一手段としてこれを持ち出したものと推測される。

そして、右一一月一一日のやりとりの結果原告会社が三億七〇〇〇万円についても融資申込みを撤回したと理解していた縄田支店長が、つなぎ融資であるかはともかく、一二月八日までには再度三億七〇〇〇万円の融資をするつもりでいたこと、一一月二一日原告関が三億七〇〇〇万円の融資の件で被告支店を訪れたことにつき証人縄田、同山本、同森の供述が一致していることに照らすと、少なくとも右一一月二一日に原告関が被告支店を訪れ、いったん撤回した融資申込みを再度行うものと被告支店側が理解するような言動があったと推測することができる。

右に照らし、前記原告関の供述及び陳述書の記載部分は採用できない。

三  請求原因3(被告の不法行為)について

右一、二の事実に基づき、被告の融資拒絶行為が原告らに対する違法な権利侵害行為となるか否かついて判断する。

1  原告会社と被告との間で昭和六三年一一月九日になされた融資予約契約は、融資契約そのものではないけれども、被告は原告会社の予約完結の意思表示により所定の内容で融資を実行すべき義務を負うものと解せられ、本件の如くこの融資を前提に大規模な工場進出計画が進められ、用地取得について公的審査も通過し、計画が相当程度に具体化しているような状況下にあっては、正当な事由なく被告の恣意によってこれを破棄し、あるいは重大な落ち度に基づきこれを履行しないことは、単なる債務不履行にとどまらず、不法行為を構成すると解することができる。

2  前認定の事実によると、被告支店の縄田支店長が一二月八日に原告会社に対する融資を拒絶したのは、一一月九日の融資予約が同月一一日に撤回され、改めて一一月二一日にされた融資申込みが三和銀行による債務肩代わりを条件とするものと理解していたところ、その債務肩代わりの話が進展していなかったためであり、他方、右一一月一一日の時点で原告関において、融資申込みの撤回と理解されてもやむを得ないような言動があったことは前認定のとおりである。しかし、その後の一一月二一日に原告関が改めて被告支店に先の融資の実行を申入れ、被告支店が承諾した三億七〇〇〇万円の融資について、前認定の一二月八日の双方の対応を見ると、原告関は結局融資証明書に示された融資予約はそのまま維持されていると理解していたのに対し、被告支店側では、別途三和銀行による肩代わりを条件とする新たな融資決定と理解し、ここに双方の食い違いが生じたものと推認される。

そして、右のような認識の不一致を生じた原因は、被告が既に発行した融資証明書を回収するどころか、その後の経過においても右融資証明書に全く言及せず、これを提出した千葉県企業庁にも森副支店長が原告関に同行し、同企業庁の担当者に対し、被告支店から間違いなく土地分譲代金を送金する旨確約するなど、当然融資証明書どおりの融資が実行されるものと原告関において信じるのが当然であるような言動をとっていたためであり、この点に関する非は専ら被告支店の側にあると認められる。

証人縄田、同山本、同森の各供述中には、縄田支店長が一一月二一日原告関に対して融資を承諾するについて、三和銀行による債務の肩代わりを条件とする旨明示したかのような部分もあるが、その一方で同証人らは、右肩代わりがいつ行われるかなど具体的な話は一切行われなかった旨の供述もしていること、右三和銀行による債務の肩代わりが融資そのものの実行を左右する厳密な意味での条件であったとすれば、既に発行されている融資証明書の内容と明らかに異なるものであるのに、被告支店は、改めて右条件を加えた融資証明書と差し替えることも、別途その旨の条件を明示した書類を交わすこともしていないことからすると、右三和銀行による債務肩代わりの件は、一方的な被告支店側の思い込みに止まり、原告会社側に客観的に明示されたとは認め難い。

そうすると、被告は、原告会社が工場用地取得について千葉県の分譲委員会の審査を通過した直後である同年一二月八日になって、被告の融資が右工場用地取得代金支払にあてる予定であることを充分承知しながら、またメインバンクたる被告の融資拒絶が原告会社の本件工場進出計画に悪影響を及ぼすであろうことも容易に予測できるのに、正当な理由なく融資を拒絶し、その結果、原告会社が予定していた土地代金の支払計画に支障を来させ、別途三億七〇〇〇万円の調達に奔走せざるを得ない事態を招来し、またそれにより原告会社の社長として一手に右計画の責任を担っていた原告関に著しい心労を与えたのであるから、被告の右不当な融資拒絶は、原告らに対する違法な権利侵害行為とみるのが相当である。

三  請求原因4(原告らの損害)について

1  原告らは、被告の前記違法な融資拒絶により、原告会社が本件工場進出計画を断念せざるを得なかったことを前提として、その各損害を主張する。

しかしながら、前認定の事実によると、遅くとも昭和六三年一二月三〇日の時点では、被告支店は再び三億七〇〇〇万円を当初の計画どおり原告会社に融資することを決め、その旨原告会社に通知しており(これに先立ち、被告支店と原告会社との間では、本件工場進出計画の規模の縮小を検討しているが、被告の右融資は必ずしも規模縮小を条件とするものではなかった。)、事実上一二月八日の融資拒絶は撤回されたのと同じ結果になり、また、原告会社はそれまでに、東海銀行からは当初計画どおり実際に三億円の融資を受け、被告から融資を受けられなかった四億円分についても、株式会社三和ビジネスファイナンスよりこれを補い得る融資の承諾を受けていたと推認されるから、原告会社が当初予定計画を実行するうえで、被告の融資拒絶は何らその妨げになるものではなかったといわざるを得ない(なお、原告関が計画中止を考え出した一二月末ころ、東急建設との間の工場建築代金が当初計画の一〇億円を二億円以上も超過する額となることが判明したが、むしろ、この予定外の超過の方が原告会社の全体の資金計画に重大な影響を及ぼしたであろうと容易に推測し得る。)。

したがって、たとえ、被告の融資拒絶による原告関の心労が本件工場進出計画を中止したことの一つの原因であったとしても、右工場進出計画の中止と被告の融資拒絶との間に相当因果関係はないものというべきである。

2  以上の観点から、原告らの主張する損害の各項目について判断する。

(原告会社)

(一) 原告会社が請求原因4(一)で主張する損害のうち、(1) ないし(3) の各損失と(5) のうちのイ、ハ、ニの損失は、いずれも本件工場進出計画を中止したために生じたものであることが主張自体から明らかであり、前記1の観点から、被告の融資拒絶との間の相当因果関係を認めることができない。

また、(5) のうちロの手形貸付の形によるつなぎ融資の金利(年利五・四パーセント)についても、被告の融資拒絶と相当因果関係にあるものとは認められない。右金利は年利五・四パーセントであるところ、被告が融資を拒絶することなく原告会社に融資をしていれば、右金利以上の利率の支払が不可避であったことが明らかであるからである。

したがって、(5) に関する損害のうち、相当因果関係を認めることができるのは、ロのうち収入印紙代一〇万円に限られる。

(二) 同(4) 、(6) 及び(7) は、その主張によると、被告の融資拒絶により、原告会社が他から三億七〇〇〇万円を調達するために必要とし、あるいはその金員が被告からの融資となるような形式を整えるために要した出捐である。

しかし、前述のとおり、被告の融資拒絶は事実上昭和六三年一二月三〇日までに撤回され、同日以降原告会社が改めて申込みをすれば、当初の予定どおり被告から三億七〇〇〇万円の長期融資を受けることができ、原則的にはそれによって文化産業信用組合からの借入金や原告の家族からの借入れを返済することが可能であったはずであり(<書証番号略>によると、右融資を受けていればそもそも家族からの借入れはその大半が必要のないものであったと認められる。)、むしろそうすることが本来の工場進出計画に沿うものであったのに、これをしなかったのは原告会社の自由な判断によるものである。そうだとすれば、右(4) で主張するもののうち、収入印紙代六万〇八〇〇円と根抵当権設定登録免許税等六六万八〇六〇円については被告の融資拒絶との間に相当因果関係があると認められるが、被告から右融資を受けることが可能となった時点である昭和六三年一二月三〇日以降の借入利息は、そもそも被告の融資拒絶と相当因果関係のある損害とは認められない(なお、原告関が代表取締役を務める房総興産株式会社が文化産業信用組合から一億円の融資を受けたことは前認定のとおりであり、房総興産株式会社は、右信用組合からの借入と同一条件により原告会社に貸付をしたものと推認される。)。

したがって、(4) に関する損害は、右収入印紙代六万〇八〇〇円及び根抵当権設定登録免許税等六六万八〇六〇円並びに一億円に対する年利率一・二パーセント(被告の融資の利率は年五・七パーセントであったと推認されるから、これと文化産業信用組合からの借入利率年六・九パーセントの差率)の一九日分である六万二四六五円に限られる。

また、原告会社は同(6) のとおり有価証券(株式)の売却損を被告の不法行為により原告会社が被った損害と主張するが、株式の売却損というのは、購入後売却時までの間に株価が下落したことにより生じる損失であり、それが当然に、売却を余儀なくされたことそれ自体による損害となるものではない。原告会社が、右株式を購入価格で売却できたことを認めるに足りる証拠がない以上、右の損害を被告の融資拒絶によって生じた損害と認めることはできない。

さらに前記のとおり、原告会社が被告から手形貸付を受けるため、原告関の親族の定期預金を担保とし、ついでこれらを解約して弁済に当て、不足した一〇〇万円を原告関において負担し、これらによって生じた原告関及びその親族の求償権を目的として原告は平成元年一月一〇日に準消費貸借契約を締結していることが認められるが、各準消費貸借契約についても、前記のとおり昭和六三年一二月三〇日以降可能となった被告からの融資を受けていればこれを締結する必要のなかったものと認められるから、(7) に関する損害も相当因果関係のある損害と認めることはできない。

(三) 弁護士費用については、一〇万円が相当因果関係のある損害と認めることができる。

(原告関)

(一) 証拠(<書証番号略>、原告関本人、証人濱窪)によれば、原告関は、被告の融資拒絶に強いショックを受け、昭和六三年一二月八日ころから不眠症に悩まされるようになり、平成元年六月二六日、都立梅が丘病院において心因反応(鬱状態)と診断され、その後病状が悪化し、同年八月二二日には抑鬱状態で日本赤十字社の医療センターに入院し、同年一〇月一六日に退院したことが認められる。しかしながら、前認定のとおり、被告の融資拒絶は原告関自身の曖昧な言動が原因となっていた点は否めないところであり、また、本件計画の挫折と被告の不法行為との間に直接因果関係がないことをも考慮すると、原告関の慰謝料は五〇万円が相当である。

(二) 弁護士費用については、五万円が相当因果関係のある損害と認めることができる。

四  結論

以上の次第であるから、原告らの本訴請求は、原告会社に対し九九万一三二五円の、原告関に対し五五万円の各支払及びそれぞれに対する不法行為時である昭和六三年一二月八日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、右限度で認容し、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中康久 裁判官 三代川三千代 裁判官 谷口安史)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例